くずのは びゃっこでん/おの かずこ 葛の葉 白狐伝/小野和子
日本の演歌歌手・小野和子による楽曲である。1998年9月19日に日本コロムビアからシングルとして発売された。作詞はたかやまてつ、作曲・編曲は浅野博司が担当している。 題材となっているのは、大阪府和泉市の信太の森を舞台に伝わる「葛の葉伝説」である。人間に助けられた白狐が女性「葛の葉」の姿となって恩人と夫婦になり、やがて子をもうけるものの、正体が狐であることが明らかになったため夫と子のもとを去る――という、人間と狐の悲恋・親子の別れを描いた物語である。大阪府も「葛の葉伝説(信太妻の物語)」が文楽や歌舞伎など多くの芸能で取り上げられてきたことを紹介している。 本作では、その中でも葛の葉が白狐の正体を明かし、夫と我が子に別れを告げて信太の森へ帰っていく場面が中心に歌われている。
基本情報
タイトル:葛の葉 白狐伝
アーティスト:小野和子
作詞:たかやまてつ
作曲:浅野博司
編曲:浅野博司
発売日:1998年9月19日
発売元:日本コロムビア
形態:CDシングル
規格品番:CODH-2029
楽曲時間:約4分26秒
カップリング:おりょう恋情話
国:日本
シングルには以下の4曲が収録されている。
- 葛の葉白狐伝
- おりょう恋情話
- 葛の葉白狐伝(オリジナル・カラオケ)
- おりょう恋情話(オリジナル・カラオケ)
なお、媒体によってタイトル表記に空白が入り「葛の葉 白狐伝」とされる場合と、「葛の葉白狐伝」と続けて記載される場合がある。歌ネットやJOYSOUNDでは「葛の葉 白狐伝」、CD商品情報では「葛の葉白狐伝」と表記されている。
楽曲について
「葛の葉 白狐伝」は、葛の葉伝説のクライマックスである「狐の正体が明らかになり、家族と別れる場面」を中心に描いた物語歌である。
葛の葉は、かつて自分の命を救ってくれた人間から受けた恩を忘れず、その縁から人間の女性として夫婦になった。しかし、狐である自分が人間の妻として暮らし続けることはできず、ついには身を引く決意をする。
楽曲では、夫への書き置きを残そうとしながら涙する姿、我が子を抱きしめる姿、そして妻と母という立場を捨てて一人で信太へ帰っていく姿が描かれる。
狐の妖力や恐ろしさを前面に出した作品ではなく、一人の妻、一人の母としての葛の葉の悲しみを中心に据えている点が大きな特徴である。
キツネとの関係
本作では、キツネが物語の主人公そのものである。
主人公・葛の葉の正体は白狐であり、歌詞でも「白狐葛の葉」として明確に描かれている。
したがって、キツネが比喩として使われている楽曲ではなく、日本に伝わる白狐伝説を直接題材とした作品である。
本作の狐には、
人間から恩を受ける狐
人間の女性へ姿を変える狐
人間と結婚する狐
人間との間に子をもうける狐
母として我が子を愛する狐
正体が知られたことで森へ帰る狐
という複数の側面が描かれている。
妖狐という超自然的な存在でありながら、その感情は非常に人間的であり、そこに葛の葉伝説の悲劇性がある。
葛の葉とは
葛の葉は、大阪府和泉市の信太の森に伝わる狐伝説の主人公である。
大阪観光局による信太森葛葉稲荷神社の紹介では、安倍保名という青年が狩人に追われていた白狐を救い、その後「葛の葉」と名乗る女性と夫婦になり、男児をもうけたとされている。ところが子が成長した頃、妻の正体が以前助けられた狐であることが明らかになり、葛の葉は歌を残して信太の森へ去ったと伝えられている。
そして、この夫婦の子が後の陰陽師・安倍晴明であったとする伝説が広く知られている。大阪府の資料でも、葛の葉は「安倍晴明の母」とされる白狐の伝説として紹介されている。
したがって「葛の葉 白狐伝」は、日本で特に有名な「狐と人間の間に生まれた子」という伝承を題材とした楽曲でもある。
白狐・葛の葉
葛の葉は伝承の中で「白狐」とされる。
白狐は日本の狐文化において特別な意味を持つ存在であり、一般的な野生の狐とは異なり、神秘的・霊的な狐として扱われることが多い。
本作でも、葛の葉は単に白い毛を持つ動物として描かれるのではない。
人間の女性へ姿を変え、人間と夫婦になり、子どもまで持つという超自然的な能力を持った狐である。
しかし楽曲で強調されるのは妖術ではなく、家族を愛する気持ちである。
「妖狐だから人間を騙した」という物語ではなく、狐でありながら本当に夫を愛し、本当に我が子を愛してしまった存在として葛の葉が描かれている。
命を救われた白狐
葛の葉伝説の重要な始まりとなるのが、人間に狐の命を助けてもらう場面である。
大阪観光局が紹介する伝説では、安倍保名が狩人に追われていた白狐を助け、その白狐が後に葛の葉として保名の前へ現れたとされる。
「葛の葉 白狐伝」の歌詞でも、自分が死にかけていたところを助けられ、人から情けを受けた身であることが語られている。
この「助けてもらった狐が恩を返す」という構図は、日本の昔話で広く見られる動物報恩譚とも共通する。
鶴や狐など、人間に救われた動物が人間の姿となって恩人のもとへ現れるという物語である。
葛の葉の場合は単純な恩返しでは終わらず、人間と愛し合い、夫婦となり、家庭を築くところまで物語が発展する。
人間へ化ける狐
葛の葉伝説には、日本の狐文化を代表する「狐の変化」という要素も含まれている。
狐は日本の昔話や伝説において、しばしば人間の姿へ変化する存在として登場する。
特に美しい女性へ化け、人間の男性と関係を結ぶ狐の物語は各地に残されている。
葛の葉もその一例であり、白狐でありながら女性の姿となり、安倍保名の妻として暮らしたとされる。
しかし「葛の葉 白狐伝」では、変身能力そのものを見せ場にするのではなく、「人間の姿で築いた家庭を失う悲しみ」に重点が置かれている。
この点で、恐怖を与える妖狐とは異なる、情愛を持った狐として描かれている。
母としての葛の葉
本作でもっとも強調されているのが、母親としての葛の葉である。
正体が明らかになった葛の葉は、自ら家族のもとを離れる決意をする。しかし、最も苦しいのは夫との別れ以上に、我が子との別れである。
歌詞では、子を抱きしめながら、自分勝手な母親を許してほしいと願う姿が描かれる。
ここでは、葛の葉が狐であることと母親であることが激しく衝突している。
狐としては信太の森へ帰らなければならない。
しかし母親としては、子どもから離れたくない。
この矛盾こそが「葛の葉 白狐伝」の中心的な悲劇となっている。
安倍晴明との関係
葛の葉伝説では、葛の葉と安倍保名の間に生まれた子が、後の陰陽師・安倍晴明であるとされる。
安倍晴明は平安時代の陰陽師として実在した人物であるが、「母親が白狐の葛の葉だった」という部分は後世に形成された伝説である。
この伝説によって、晴明が持つとされた並外れた霊能力や知識を「人間と妖狐の間に生まれた特別な存在だから」と説明する物語が生まれた。
「葛の葉 白狐伝」では安倍晴明という名前を前面に出すのではなく、「母・葛の葉が我が子と別れる」という視点から物語を描いている。
そのため、晴明伝説を母親側から見た作品ともいえる。
信太の森
葛の葉伝説の舞台となるのが、大阪府和泉市にある信太の森である。
大阪府は、和泉市王子町に「信太の森の鏡池史跡公園」があり、この地に伝わる葛の葉伝説が江戸時代以降、文楽や歌舞伎などさまざまな芸能で取り上げられてきたと紹介している。
「葛の葉 白狐伝」の歌詞でも信太の森が明確に登場し、葛の葉は最後に家族のもとを離れ、信太へ帰っていく。
つまり信太の森は、
葛の葉が狐として生きていた場所
人間との生活以前の故郷
正体を知られた後に帰る場所
という重要な意味を持っている。
人間の家庭と狐の森という二つの世界の間で生きた葛の葉が、最終的に狐の世界へ戻ることで物語は終わる。
葛の葉が残した歌
葛の葉伝説でもっとも有名な要素の一つが、家族のもとを去る際に残したとされる和歌である。
大阪府の資料や地域紹介でも、この歌とともに葛の葉伝説が伝えられている。
「葛の葉 白狐伝」でも、この有名な和歌を冒頭に据えることで、楽曲が葛の葉伝説を題材にした作品であることを明確にしている。
信太の森を訪ねてほしいという別れの言葉は、葛の葉が人間の家族を完全に忘れたわけではないことを示している。
姿を消しても、家族への愛情は残り続ける。
この和歌が何百年にもわたって語り継がれてきたことで、葛の葉は「人を化かす狐」だけではなく、「人間を愛してしまった狐」として知られるようになった。
文楽・歌舞伎との関係
葛の葉伝説は民間伝承だけにとどまらず、芸能の世界でも長く受け継がれてきた。
大阪府によれば、「信太妻」として伝わった葛の葉伝説は、江戸時代に竹田出雲によって『芦屋道満大内鑑』として戯曲化され、その後、文楽や歌舞伎をはじめさまざまな芸能で取り上げられてきた。
そのため「葛の葉 白狐伝」は、古くから芝居や語り物で演じられてきた狐伝説を、演歌・歌謡曲という形式で現代へ受け継いだ作品の一つと位置付けることができる。
特に、家族との別れを中心に据えた構成は、葛の葉伝説が持つ人情物としての側面と非常に相性がよい。
タイトルの「白狐伝」
タイトルは単なる「葛の葉」ではなく、「葛の葉 白狐伝」となっている。
「白狐伝」という言葉によって、最初から葛の葉が普通の人間ではなく、白狐を主人公とした伝説であることが示されている。
楽曲の内容も、狐の正体を隠して人間社会へ入り込んだ妖怪の恐怖を描くものではない。
むしろ、
命を救われた恩
夫への愛情
我が子への母性愛
人間と狐の世界の違い
家族との別れ
を通して、白狐・葛の葉の生涯の中でも最も悲しい場面を描いている。
「白狐」という幻想的な存在と、親子別れという非常に人間的な感情が同時に描かれているところが、本作最大の特徴である。
小野和子について
小野和子は、日本の演歌歌手である。
「葛の葉 白狐伝」のほか、「おりょう恋情話」「おんな夢変化~女世直し口伝」「母娘花」などの楽曲を発表している。歌ネットにはこれらの作品が小野和子名義で登録されている。
「葛の葉 白狐伝」は1998年に日本コロムビアから発売されたシングルであり、小野和子の作品の中でも、日本の伝説上の人物を主人公に据えた物語性の強い楽曲である。
白狐が人間へ化けるという妖狐伝承だけでなく、狐の恩返し、人間との結婚、安倍晴明誕生伝説、信太の森、母子の別れまでを背景に持つ作品であり、日本の狐文化そのものと非常に深い関係を持った狐関連楽曲である。